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原始共同体(原始的共同社会) マルクスは、「ザス―リッチへの手紙」の中で、原始共同体を「原始的共同社会」と規定しているので(『全集』第19巻、388)、この概念を中心に晩年マルクスが到達した前階級社会の認識について提示する。マルクスは原始的共同社会を、原古的な諸共同社会と農耕共同体との二段階に分け、後者を原始的共同社会末期の共同体と規定し、耕地の共同体的所有が存続する中で、小経営(家屋と屋敷地の私的所有、耕地の定期的分割による個人的土地用益、西洋の小農民同様の自己計算による耕作、および生産物の私的領有)が成立した社会と特徴づけ、前者を血縁関係に基礎を置き、生産は共同で行われ、生産物のみが分与される社会と特徴づけている(『全集』第19巻、390、402、『資本論』V、大月書店、1414)。この二段階論は、家族制度の二段階認識と対応している。マルクスは、モルガン『古代社会』のノートの中で、モルガンの一夫一婦婚以前の多様な家族形態論を氏族制に一括し、氏族制と家父長制的一夫一婦婚家族との二段階に区別しているが、後者は原始的共同社会の末期に、氏族制的な土地共同占有を解体した家父長制的土地占有にもとづいて成立する形態であり、前者は部族的土地共有を前提して、氏族的土地占有にもとづいて成立する形態と捉えている(『全集』補巻4、291−292、315、462、465:以下『古代社会ノート』)。 家父長制的一夫一婦婚は、氏族制的な土地共同占有と氏族的保護を解体し、女性にたいし、土地占有男性との婚姻と出産による次世代再生産を強制し、排他的父系相続を実現する制度であり、土地占有関係による性差別的生殖強制制度を内在している。この家族制度は階級的両極分解を通じて奴隷制と農奴制を形成し、再生産する基礎的経済単位(「縮図」)であり(『古代社会ノート』、291−292)、この経済単位は、剰余労働と次世代再生産的必要労働との両面的強制を通じて階級関係を再生産することを可能にする経済単位である。この小経営的経済単位を内在する農耕共同体は原始的共同社会末期の過渡的社会形態である。 家父長制的一夫一婦婚以前の氏族制社会は、女性にたいする生殖(婚姻・出産)強制制度を欠如しており、剰余労働と次世代再生産的必要労働の両面的強制を実現する経済単位が欠落している。この点に関連して現代の未開社会研究は、未開社会における直接生産者人口の土地資源にたいする過少化と過少人口の分散居住化という、剰余労働の加重負担にたいする対抗運動の可能性を指摘しているが(サーリンズ1984、57―66、113−118)、マルクスの『古代社会ノート』も氏族制社会の同様の特質として、氏族制的諸部族の分散居住化を詳細に摘記している(モルガン1961、149−159、『古代社会ノート』、345−351)。このような諸部族間に征服による部族統合が成立したとしても、服属部族に制限的貢納を課すにとどまり、それ以上の「なんらかの利益を得ること」(「貢納義務を課すること」)は不可能であった(モルガン1961、203、『古代社会ノート』、369:傍点の強調はマルクス)。マルクスはモルガン『古代社会』の検討を通じて、恒常的剰余労働搾取の不可能性にかんする認識を、氏族制成員にたいする次世代再生産的必要労働の強制の不可能性という氏族制社会の基本的特質の中に見出していたと言える。 マルクスは、ジョン・ラボック『文明の起原と人類の原始状態』(1870年刊)のノート(『全集』補巻4、547−564:以下『ラボック・ノート』と略称)の中で、未開社会における父性の生物学的不確実性を論拠とした母系制の生物学的必然論というモルガン『古代社会』やエンゲルス『家族、私有財産および国家の起原』(以下『起原』と略称)の家族認識の限界を超える見解を提示している。マルクスは「ラボックは……土台――部族内部に存在する氏族についてはなにも知らない」と批判しつつ、女性の自由な性行動による父性の生物学的不確実性の結果、男性が自己の財産を「『まちがいなく親族であるという理由』」によって自己の姉妹の子どもに相続させるという女系親族関係が支配的となるというラボックの生物学的母系制論を、ラボックのような「文明化された間抜けどもは、彼ら自身の因習を脱することができない」、生物学的女系相続論は「実用的合理化だ!」と辛らつに批判している(『ラボック・ノート』、549)。またマルクスは『古代社会ノート』の中で、「子どもたちに一人の父を……与えた」として一夫一婦婚を正当化するバッハオーフェンの論理を、「実用主義的に、また生粋のドイツ式机上学者としてこの問題をとらえている」と批判しているが(『古代社会ノート』、465)、ラボック批判はこの批判の発展である。この批判は、社会的父子関係(養子を含む父子的養育と相続の社会的関係)を前提とした父系制の認識を内包しているが、実際にマルクスはラボックの著作で叙述されている父系氏族制の諸事例の存在を承認し、詳細に引用している(『ラボック・ノート』、561−562)。 原始的共同社会の消滅にかんしては、マルクスは、未開社会末期における人口増加に伴って、望ましい地域の占有をめぐる闘争が激化し、「たえまない外戦と内乱のなかで死滅した」と指摘している(『全集』第19巻、389、『古代社会ノート』、312)。 現代の人類学研究は、対偶婚(自由な性関係を許容するカップル関係)の存在は承認しているが、モルガンの集団婚の諸形態論や母系制必然論を批判し、モルガンの集団婚論やバッハオーフェンの生物学的母権論を無批判に導入したエンゲルス『起原』を批判しつつ、未開社会における父系制的親族社会の広範な存在を実証している(サーヴィス1979、ゴドリエ1976、ブロック1996)。晩年マルクスの氏族制認識はこのような現代の未開社会研究を先取りするような家族認識に到達しており、氏族制から家父長制的一夫一婦婚への家族の移行理論は、原始的共同社会から階級社会への移行の基礎理論として、現代歴史学にとってもきわめて優れた歴史認識を提起していると言える(青柳2010)。 (青柳和身) 〔参考文献〕 青柳和身2010「晩年エンゲルスの家族論はマルクスのジェンダー認識を継承しているか(3・完)―生産様式論争のジェンダー的総括―」『岐阜経済大学論集』第43巻第3号 ゴドリエ、モーリス1976『人類学の地平と針路』紀伊国屋書店 サーヴィス E・R 1979『未開の社会組織 進化論的考察』弘文堂 サーリンズ、マーシャル 1984『石器時代の経済学』法政大学出版局 ブロック、モーリス1996『マルクス主義と人類学』法政大学出版局 モルガン1961『古代社会』上、岩波書店 |